日本の失われた30年⑨ 職場の悪弊

会社のゴミ捨て場で、古くなったドライフラワーの綿の花が無造作に投げ捨てられているのを見つけました。それを持ち帰って種を採り事務所裏の花壇に植えると、綿は思いの外すくすくと育ち、夏の盛りには不思議な色合いの花を次から次へと咲かせてくれました。

しかし新潟の冬の訪れは足早です。

8月末には稲刈が終わり9月の束の間の秋の輝きを経て、10月初旬には道路に埋設された融雪パイプの点検が始まりました。そして早くも10月末にはみぞれが降り始め、4月初旬まで6ヶ月もの間ずっと暗い冬の曇り空が続きます。

そんな新潟事業所にはゆっくりと時代の変化の波が押し寄せていました。事業所全体の明るい未来がなかなか思い描けない中、私にとっては宇宙5ヶ年計画の達成がたった一つの希望になっていました。

「NASAへ行こう、きっとNASAへ・・・」

当時の職場には深夜の0時以前には帰宅しにくい雰囲気がありました。とはいえ、残業代が出るわけでもありません。

事務所で漫然と過ごす時間の長さで人の評価を決めるのは、日本の会社の悪弊です。夕方に場内の花壇の手入れをし、23時頃になってから事務所の掃除などをしていましたが、これでは身動きがとれません。

そこで私は夕方までに自分の仕事を精一杯にきちんと片づけると、23時まで外の和式トイレに籠って勉強をすることにしました。何時間も便器を跨いで立ったままの勉強でしたが、それだけが人生の希望でした。

冬の日は手が凍り、傍らに置いた黄色いヘルメットに白い雪が積もりました。

メヌエール症になって倒れたこともありましたが、その後は体調管理を万全にし、激しい勉強と仕事を両立して行く術を学びました。

人には誰にでも「思いきり勉強したい!」という本能的な欲求があるのだと私は思います。普段、人の脳の90%は眠っていると聞きました。この90%が活動の時をじっと待っています。例えば、籠の中に閉じ込められた小鳥が空の広さに憧れてその翼をバタバタさせるように・・・ 

人が明確な目標を持って本当に真剣になった時、この90%の力が目覚めるのかもしれません。

ある日、私は駅の切符の自販機で点字に触れてその感触を確かめてみたことがあります。私の指先では点字の形が全く識別できませんでした。必死になり切れない健常者ではどうしても読み取れるようにならないといわれる点字を、視覚障害者の方々は指先で読み分けてしまうのです。生きるための必要に迫られて・・・

その時、私は気が付きました。
「やるべきことをはっきりと意識した時、人は進化するんだ」

こうして様々なことを学びながら、雪の降る事業所で精一杯の努力を積み上げる日々が続きました。

2回目の宇宙飛行士挑戦からさらに3年が経った頃、宇宙開発事業団から「宇宙飛行士になるには」という本が出版されました。募集再開は近いと期待は高まりました。

「いよいよ3回目の挑戦だ。今までの成果を発揮する時が来たぞ!」

この時までに、5ヶ年計画は完全に達成していました。英語は新潟事業所で1位になり、取得を計画していた全ての資格もきっちり揃えました。その最後の仕上げが環境計量士という資格の合格者実習だったのです。

しかし、なんという運命の巡り合わせだったのか、この合格者実習の最中にアメリカで911テロが発生してしまったのです。

2001年9月11日、交錯する人と人の運命、失われた命、そしてまた命・・・

この事件が自分にとってどんな意味を持つことになるのかまだ理解できていませんでしたが、宇宙開発の後退が不可避であることだけは直感されました。つくばの計量実習所の居間のテレビで崩れ落ちる国際貿易センタービルの映像を見ながら、私は今まで営々と準備を積み上げて来た宇宙への夢が間違いなく遠のきつつあることを茫然と感じていたのです。

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