日本の失われた30年⑤ 身分の壁

塗装は厳しい仕事でしたが、それだからこそ次々と困難なテーマにチャレンジし、精一杯に腕を振るえる場面があった私は技術者としては幸せだったのかもしれません。

「技術で解決できない問題など世の中にはないのだ」

とさえ思い始めていました。あれから30年・・・
私が技術を離れて会計の世界に移ることになった時、「技術者の魂を売った」と非難されたりもしましたが、技術開発の現場で経験した数々の失敗や成功を思えば今も胸が熱くなります。

そんな経験を一人でも多くの若手と共有し、優秀な技術者を育てて行きたいと私は願っていました。

「うちの会社じゃあ、社旗が逆さまに上がっていても誰も何もしないんだよねぇ」

ある日のお昼頃、現場でそんな会話を耳にしました。驚いて外を見上げると正門脇の社旗はまだ逆さまで冷たい風に翻っています。社名のロゴがひっくり返しになっていました。私は慌てて総務まで知らせに走りました。

すると今度は作業着のズボンの「前」にガムテープを貼って歩いている社員を見つけました。

「みっともないから、それ剥がしなよ」
「これボタン式でしょ。会社がいつまでもチャック式にしてくれないから困るんです。冬の現場では手が凍ってボタンを開け閉めできないし、糸が固くなったらボタンは直ぐに取れちゃう。パンツ出して歩きますか? こんなに粗末な作業着じゃガムテープでも貼って歩くしかないじゃないですか」
「ま、まさかその格好で、業者さんを応対したりしてないよね」
「いけませんか?」

新工場ができたら取り壊されると発表されていた多摩工場では、将来に不安を抱えた関係者の士気が落ちていました。

「いくら頑張っても、どうせ状況は変わらない」
「新工場ができたら、私たちは解雇されるのだろう・・・」

新工場と多摩工場、親会社からの出向者と子会社のプロパー社員、工場と研究所、製造部と技術部、そして正社員とパートや派遣さん・・・ 会社には様々な身分の壁があるようでした。

懇親の場であるはずの忘年会で、私はその現実を思い知らされました。

「吉川さん、ちょっと聞いてくださいな。うちの部長は隣に座っている私の小皿の料理を勝手にどんどん食べちゃうんですよ。別に御刺身や茶碗蒸しくらいどおってことはないけど、一人の人間として見られていない気がして、なんだかセクハラより悔しい」

「どうやら会社の人達は2つの身分に区分される。何をやっても良い人、遊んでいても許される人と、どんなに頑張っても光が当たらない人・・・」

私も親会社からの出向者でした。そんな私が社内の融和を目指せば目指すほど、自分の立場は微妙になって行きます。

「あなたは、どちらの味方ですか?」

会社は運命共同体です。味方も敵もありません。それなのに何度も繰り返される心ない事件に、私は打ちのめされていました。そして小さな塗装工場に閉じ込められているという立場でできることの限界を改めて痛感していたのです。

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