期末在庫の操作、止めませんか?

会社の業績を良く見せるのは、とても大切なことです。
しかし、「良く見せる」=「良くする」とは限りません。
そのことを、会計専門家が見失っているのではないかと感じる場面があり心配しています。

例えば、
製造業において在庫は「罪子」といわれ、ゼロ在庫を目指すべきものとされてきました。

いわゆるカイゼン活動(例えば7つのムダへの取り組み)でも、ジャストインタイムが理想とされ、「在庫のムダ」が重要なターゲットとして挙げられています。

しかしゼロ在庫は、
あくまでも製造業目線の目標であり、お客様目線の目標ではありません。そのことが、ゼロ在庫を目指さなければならないという建前と、それでは事業が回らないという現実との矛盾を生じてきたのです。

この矛盾を解消する方法として多くの現場で実践されてきたのが、期末日(四半期末)だけ在庫削減するという方法です。

実際にある現場では、
実地棚卸の1週間前から原材料の発注を止め、生産も止めて、優良在庫を投げ売りしていました。
棚卸日頃には倉庫は不良在庫の山です。
無事棚卸を通過すると、今度は大残業で在庫回復を目指すのですが、1週間くらいはかかっていました。
混乱期間は、1回の棚卸でトータル2週間、年4回の棚卸で8週間にも及びます。

また、別の現場では、
棚卸時期になると、在庫をシンガポールの子会社に移送し、棚卸を通過すると取り戻すという操作が行われていました。こうした操作に、どんな意味があるのでしょうか? 
無駄な手間ですし、運賃ももったいない。そもそも真実を見えなくしてしまうことが、正しい経営判断を歪めてしまうことはないのでしょうか?

在庫操作による直接的な損害以上に深刻なのは、関係者の心理に及ぼす間接的な影響です。

例えば、ゼロ在庫という不合理な目標が、
①期末日だけ減らすという不健全な行動への慣れに、繋がっていないか?
②期末日だけの削減が、平準化生産に逆行していないか?
③期末日だけの削減が、優良在庫の投げ売りに繋がっていないか?
④期末日だけの削減が、翌期の在庫の弾切れを起こしていないか?
⑤期末日だけの削減が、数値操作への馴れを生んでいないか?
⑥期末日だけの削減が、さらに深刻な会計不正の入口になっていないか?
⑦期末日だけの削減が、お金が寝ることの解決になっているのか?
⑧工場在庫だけの削減が、お金が寝ることの解決になっているのか?
⑨不合理な活動の強要が、人の創造力を破壊していないか?
⑩不合理な活動の強要が、社内の風通しの良い議論を妨げていないか?

その他にも、
ゼロ在庫が材料在庫の確保の障害になるという意味で、こんな弊害もあります。
①ゼロ在庫が、材料調達戦略を硬直化させていないか?
②ゼロ在庫が、供給途絶のリスクを過小評価していないか?
③ゼロ在庫が、販売戦略の制約になっていないか?

会計には「真実性の原則」があります。
いわゆる粉飾決算をしてはならないことを示すものとされる原則です。

期末在庫の操作は、在庫高そのものの操作ですから、いわゆる粉飾ではありません。
しかし、粉飾でなければ何でもやってよいという感覚があるなら、プロとしての責務を果たせていることにはならないでしょう。

ゼロ在庫という目標が現実に合っていないなら、きちんと目標を修正する。
ゼロ在庫という目標を本当に目指すなら、棚卸日だけではなく通年で達成する。

そこで私は不正直指数(DI/Dishonesty Index)という指標の管理を提案しています。
これは電子棚卸による通年の平均在庫(A)と、棚卸日だけの平均在庫(B)から計算される指標です。
DI=((A-B)÷A)

もしこのDIが0を大きく上回っているなら、期末在庫の操作が行われている可能性があります。皆さんの会社のDIも、ぜひ点検してみてください。

在庫が変われば、会社が変わります。
従業員の方々が「会社が変わった!」と最初に感じるのが、在庫管理なのです。

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