イノベーションから、逃げない!

私が技術者だった頃、ある会社でメッキ工程の立て直しを担当しました。

そのメッキ工程は大変に不安定で、
電気メッキであるにもかかわらず、1時間で3ミクロンの狙いに対して
品質が2ミクロンになったり4ミクロンになったりしていました。

「どうしてこんなに変動するのでしょう?」
「吉川さんは素人なので分からないと思いますが、メッキは生き物ですので」

でも、醸造でもないのですから、そんな説明はおかしいです。

品質不良の原因を突き止めようと、過去の技術レポートを調べていたら、気になる記述を見つけました。

「〇〇の薬剤の使用により、メッキ膜厚が0.3ミクロン改善した」
「〇〇の治具の使用により、メッキ膜厚が0.2ミクロン改善した」

このレポートを見て、私は心配になりました。
なぜって、3±1ミクロンも変動している環境で、0.2~0.3ミクロンの差が検証できるはずはないからです。

「あの、どうして0.2~0.3ミクロン改善したって判断できたのでしょうか?」
「そんなの簡単です。吉川さんは来たばかりなのでご存じないと思いますが、試作品と標準品を同時に処理して比較すれば、わかるのです」

この説明を聞いて、ますます私は心配になりました。

「あの、ちょっと心配になったのですが、同じサンプルを同時処理したら同じになることは確認されていたのでしょうか?」
「そんなの、同じになるに決まっています!」
「念のためなのですが、確認のための試験をさせていただいても大丈夫ですか?」
「困りましたね。そんな分かり切った実験をするのは無駄だと思います!」

それでも、とうとうベテランの技術者達を説得し、確認試験を敢行したのです。
そして、その結果は・・・
2つの同じサンプルの膜厚は、まったく同じではありませんでした。

この結果から導かれる結論は・・・
メッキ部門の技術者10人の20年分の仕事が、全て台無しになってしまったということです。

私はすぐに「シグマ」という名前のプロジェクトを立ち上げました。
「シグマ」とは、力を合わせる(大きなシグマ)と、品質のバラツキを小さくする(小さなシグマ)という2つの願いを込めた命名でした。

「全員で協力し、原点に返ってメッキの真実を見つけましょう!」

そして半年後に、それまで3±1ミクロンだった品質のバラツキは、3±0.02ミクロンまで安定するようになったのでした。

下限値が確実に1ミクロンをキープできるようになったことで、狙い膜厚を3ミクロンから1.5ミクロンに変更することもできました。これにより、世界中の全工場のメッキ能力が2倍になったことになります。

でも、私の立場はきわめて困難なものでした。

大半の技術者の方々は、シグマに参加してくれましたが、
「素人がやってきて、でたらめなことを始めた」
と非難して、辞めていった人も少なくなかったのです。

結果的に、私は解任されました。

私は技術的に誤ったことをしたとは思いませんし、人の気持ちにもずいぶん配慮したつもりです。

でも、今も時々思い出して考えます。
あの時、全員で頑張る方法が何か無かったのだろうかと。

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