2012年11月、私は無事に監査法人を卒業し、ある大手メーカーの管理職に戻っていました。
目指す目標は、製造業の良い経営です。
そんなある日、スーツ姿で工場を見学していると、突然誰かが駆け寄って来て、私に向かって猛烈と何かを謝り始めました。
「一体どうしたのですか?」と問えば、生産ライン上に仕掛品が溜まっているのを私に謝っているのだとのこと。よく事情を聞いてみると、彼はその生産ラインの班長さんで、こんな話をしてくれました。
「この工場では前工程の能力が後工程の半分しかないので、昼夜運転しないと後工程に追いつけません。
ですからどうしても朝になると前工程の出口に仕掛品の山ができてしまうのですが、夕方には必ず解消されるので、決して死蔵在庫になるものではありません。
でも、仕掛在庫の山はお金の山なんですよね。
ここに山を作ってはいけないことは私もちゃんと理解しています。
本当に申し訳ございません。
この製品が売れている限り、1個の仕損も出さないように頑張りますので、今日はお許し下さい。
本当に、本当に、申し訳御座いません」
班長さんは唇を真っ蒼にして震えていました。
そんな班長さんの話を聞いて、
「そうだったのですか、毎日ご苦労様です。これからもしっかり頑張って下さいね!」
と励ますと、
「えっ、今日は怒らないのですか?」
と驚くので、こちらの方が驚いてしまいました。
まじめな班長さんは毎日何を怒られていたのでしょうか?
改めて会社の貸借対照表を調べると、当座資産(現金預金や売上債権)が仕掛在庫の26倍もありました。
これは財務会計の世界に「流動比率」という有名な財務指標があるからです。
どんなに工場在庫を減らしても、当座資産を寝かしていたのでは意味がありません。
在庫金利は節減できないのです。
それなのになぜ、工場在庫ばかりを叩くのか?
関係者はなぜ、貸借対照表を見ないのか?
本当に本気で資金効率を改善するつもりなら、まじめな班長さんを叱るのではなく、現金預金や売上債権にまでしっかりと気を配る必要があったように思ったのでした。
モノ作りの世界には、
誤った経営セオリーと時代遅れの財務指標、そして弱い者いじめがはびこっていました。
会計の知識を携えて現場に戻った私は、この後も繰り返し日本の製造業が抱える深刻な問題を目の当たりにすることになります。
「今まで当たり前だったことが、すっかり意味を失っている。
日本はどんどん競争力を失っていく。
1日も早く新しい知識を日本中の現場に届けなければ・・・」
私は、最初の会計本を書きはじめました
コメント
COMMENT