2009年4月1日、とうとう私は環境会計を扱う部門に出向しました。
私の最初の仕事は、中国・新疆ウイグル自治区の水力発電所の審査でした。
まず自治区首府であるウルムチまで飛んで飛行機を乗り換えます。
天候が悪かったので小さなプロペラ機の中で4時間も待たされました。
吹き付ける激しい雨風が小さな機体を揺らします。
夕方になってようやくウルムチを飛び立った飛行機が辺境の町アルタイの小さな空港に降り立った頃には、辺りはもう真っ暗でした。
翌朝、審査チームは発電所側が手配した車に乗り込み建設現場に向かいました。
車は何度かラクダとすれ違いながら、市街地を離れ、木も草も生えない荒涼とした大地に分け入って行きました。
やがて山と山の間に川が現れ、谷間に小さな発電所が見えて来ました。
それは砂漠のオアシスにも似て美しい小さな水力発電所でした。
「もともと街中に火力発電所を建てる計画があったそうですが、政府の指導もあり、空気を汚さない水力発電所に切り替えたそうです」
「この地域の暮らしを支える大切な発電所ですね。排出権が認められてお金になれば、この発電所の維持管理が可能になるのですね」
審査では、エビデンスに基づいて電力収入と建設コストを比較し、利益率(IRR)を計算します。
それが銀行から借り入れた建設資金の金利を下回っているなら(つまり赤字ということ)、排出権が認定されるのです。
併せて周辺住民へのヒアリングも行って不当な土地収用や環境破壊が無かったことも確かめなければなりません。
審査の会場には大きな山刀を背負った少数民族の方々が次々とやってきました。
「あの山刀には参ります。彼らはどうしてあんなものを振り回しながら話をするのでしょう」
「見かけ倒しの山刀だから大丈夫です。あれを持っていることがステータスなのです」
しばらく経験を積むと、私もマネージャーに昇進し審査チームのリーダーを務めるようになりました。
リーダーになって最初に担当した審査現場はミャンマーとの国境近くの水力発電所でした。
審査6日目、連日の宴会と熱帯の暑さ、疲労、そして恐らくは強い緊張で私は40度の熱を出しました。
しかし審査を投げ出すわけには行きません。
這うように出かけて行き、事務所の女性が淹れてくれた香りの良いお茶で体力を回復したのでした。
様々なハプニングを乗り越えて迎えた審査最終日のクロージングでは突然の停電に見舞われました。
照明が消えエアコンも止まってしまったため、夕日の残照と涼風を求めて全員で中庭に移動しました。
テーブルにろうそくを立て、ゆらぐ炎の下で最後のエビデンスを確認しました。
審査の結果を説明すると、私は董事長と握手を交わしました。
夜空を見上げると、そこには南十字星が輝いていました。
その時私は、会計の力で世界を変えたいと思ったのです。
コメント
COMMENT